Tsunamayo Blog

30歳から始めるド根性奮闘ブログ

自信は要らない

どうもTsunamayoです。

 

今年も12月に突入。

 

いつの間にかもう今年が終わりますなぁ…

 

ラスト1ヵ月かぁ…

 

雪が積もりだしている県もあり、寒さが日に日に増していく…

 

この前ブログでも書いた通り、お汁粉を買ってきた。

 

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冬に飲むお汁粉は格別なのだ。

 

寒い中温かい甘いものは何よりもおいしいなぁ…

 

そんなお汁粉を飲みながら、今日もブログを書いておりますです。

 

最近また新しい考え方をネットで見つけたんよ!

 

 

 

今回は

 

「自信を持つことに意味があるのかどうか」

 

について書いていこうと思う。

 

 

自らを信じると書いて「自信」。

 

 

僕自身「自信」は持ちすぎても持たな過ぎてもダメなものだと感じていた。

 

 

だって、

 

自信がなさすぎると、

 

「どうせ俺なんて…」

 

という感じで何を行うにしても、

常にネガティブな感情を纏ってしまい、

何もうまくいかなくなってしまう様に感じるし、

周りにも煙たがられてしまう気がする。

 

逆に、

 

「俺がやってることに間違いなどない!」

 

と自信満々で来られても、それはそれでしんどい笑

何より世の中に絶対なんて存在しない。

強く凝り固まった固定観念の基に生きていると、いつしか身を滅ぼしてしまう。

 

 

 

 

うーん…

 

こうやって「自信」について考えると、

 

有りすぎず無さすぎずが一番なのでは…

 

という結論にやっぱ落ち着くんだけどなぁ…

 

 

 

そんな風に考えてた自分を、今回ネットで触れた考え方は変えてくれた。

 

全く新しい考え方だった。

 

 

「自信は全く要らない」

 

 

というものだ。

 

 

見つけた瞬間、

 

 

「おお!これは何か新しいな…」

 

 

と思い、その考え方に興味を持った。

 

 

 

まず、世間一般的には自信があるほうが、まだマシではないかという空気がある。

 

 

ただ、その考えは完全に詰んでいるというのだ。

 

 

「自信がある=自意識過剰」

 

 

の方程式が成り立つから。

 

 

「この物事に対して自信がある」

 

 

と自分自身が認識してしまっているのなら、もう駄目だという。

 

 

そう言われると、

 

「まぁ言おうとしていることはわかるけど…」

 

「確かに言ってること自体は正しいんやけど…」

 

「でも自信が無くなってしまったら、何もできなくなってしまうのでは?」

 

 

そう思い、興味が湧いた。

 

「自信は要らない」というその考え方。

 

もっと深彫りしていってみようと思い探っていく。

 

そうすると、色んな新しい発見があった。

 

こうやって色んな考え方に触れていくと、自分の中で視野が広がる感覚があり、嬉しくなる。

 

知識発掘の醍醐味なんやろうな。

 

 

 

 

突然だが、

ここで一つ質問。

 

自分が日本語を話せることを

 

「俺ってさ、日本語話せるんやぜ!!」

 

と自信を持ちながら誰かに言うだろうか?

 

 

言わないっすよね…

 

「何をそんな当たり前のことを自信持って言ってんの?」

 

ってなるっすよね…

 

 

もう一つ質問。

 

自転車に乗れる大人が、

 

「俺、自転車乗れるんだぜ!!」

 

と自信を持ちながら誰かに言うだろうか?

 

これも上記と同じ答えだろう…

 

 

つまり、

 

 

当たり前に出来ることに対して

 

自信がある、ないという2項対立は生まれないということだ。

 

 

「自信が欲しいなぁ…」

 

 

そう思って何かに取り組むこと自体がナンセンス。

 

 

「自信」というものは

 

 

何か大きな失敗があったり、自分よりその分野に長けている人に出会ったとき、

無残に打ち砕かれる。

 

その後、その自信はどこに行くのかというと、

 

 

「自信がない」

 

 

という状態にたどり着く。

 

こういった点から「自信がある・ない」は同じ枠組みに括られる。

 

 

なので「自信」というものは

 

 

「いつか砕け散るものである」

 

 

ということを理解しておかなければいけない。

 

そんなものが、本当に必要なのだろうか。

 

そう問いかけてくる。

 

 

「こういう角度からは考えたことなかったなぁ…」

 

 

沢山の考え方や哲学がこの世に存在する。

 

「それが人間の本質なんやろな…」

 

と思うが、ホント終わりが無いことを改めて実感する。

 

 

 

「自信を持たずに生きていく」

 

 

 

そうする為にはどうすればいいのか。

 

 

 

それは、

 

 

「無意識にそう思える状態にもっていく」

 

 

それが答えだ。

 

自分自身が

 

「出来ることが当たり前」

 

そう思えるようになれるかどうか。

 

いや、それすらも思わない状態にもっていくことが求められるのか!

 

 

 

「無我の境地」やな…

 

 

 

テニスの王子様しか出てこない…

 

彼らは中学生でこんな境地に達していたなんて…

 

本当に自分が恥ずかしいわい…

 

 

 

その無我の境地が、

 

誰かと日本語で話をしているときがそうだ。

 

一人で自転車に乗っているときもそうだ。

 

 

その状態まで極めること。

 

 

「頭で理解するのではなく、腹に落とし込む」

 

 

この表現の方が、自分的にしっくりくる。

 

 

 

何より、

 

全ての物事において、

 

「自信を求めてやらないこと」

 

これが大前提だ。

 

 

自信を持ち始めると、

 

今まではちゃんとやっていたこと、

 

無駄だとわかってしまったことを、やらなくなってしまう。

 

 

 

なぜか。

 

それは自分に自信があるから。

 

自信=慢心

 

必ず、この答えに行き着いてしまう。

 

自信を持った分、過去の栄光に縋ってしまい、今をおろそかにしてしまう。

 

目の前のこの瞬間に、手を抜いてしまうようになっていく。

 

それじゃあダメなんだ。

 

そうなればいずれ自信を失ってしまうことになり…と堂々巡りだ。

 

 

 

そうならないために、

 

目の前のことに手を抜かず、一生懸命取り組む。

 

その一瞬一瞬を大事にする。

 

この考えは1日1日生きていく上でも大事なことだと思う。

 

 

 

当たり前な日常を当たり前とは思わず、

 

自信がついてしまう物事に対しては、当たり前に思う様、心掛ける。

 

 

ふーむ…

 

 

何事も逆説的に考えることで、

 

また新しい何かが見えてくるものがあるのかもしれないな…

 

 

 

 

そう思いながらリビングで一人、倒立を始めた。

 

 

 

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